大学進学に際しての具体的な費用、というテーマで、ここで再び考えてみたいと思います。昨今は、少子化傾向であることも踏まえて、どこの大学でも、学生を欲しがっております。前にも書いたかもしれませんが、私立大学はもとより、国公立大学でも、自力で経営する、ということが重視され、また、自力で経営していかなければ大学を存続していけない、というような事情と相俟って、とにかく、学生を確保しなくては・・・という姿勢が露骨に顕れるようになって来ています。高校へ、推薦枠を乱発する、というのも、その顕れのひとつでしょう。入学試験も、必ずしも、選別するための試験ではなくなっている、という場合も見受けられ、25年前の、○○大学のレベルが、今日、守られているのかどうか、という点は、甚だ怪しい、というところが、私の、個人的な見方です。ともあれ、大学へ進学するには、それなりの費用が掛ります。相当な費用を、将来への投資、という形で用いるわけですから、投資先、としての、○○大学というのは、どういった大学で、どの程度のレベルの大学なのか、という点について、あらかじめ吟味しておく必要が生じるでしょう。なにも、ここで改めて論じることもないでしょう。誰だって、自分が、少なくとも4年間は通う学校について、いい加減な選び方をしていい、などとは考えないでしょう。そう思いたいものです。具体的な費用について考えるということでこの一文を書き始めたわけですが、未だに、具体的な費用について書くに至っておりません。・・・しかしながら、今しばらくご辛抱ください。
再び、具体的な費用について
独り暮らしの効用 4
大学進学の費用について、というのが、今回の記事のテーマなのですが・・・アパートやマンションなどで、独り暮らしをする、ということが、大学進学の費用、ということを考える場合に、費用の点からは、マイナス要因にはなるのかな、という気がします。しかしながら、大学進学の費用、という点から考えるのであれば、大学進学を、ただ、机上の勉強のためだけ、だとか、単に、記憶術を向上させるためだけに、だとか、そんなふうに考えるのであれば、アパートやマンションで独り暮らしをすること、させることは、費用の無駄、ということになりかねません。しかし、今回、大学進学の費用、というテーマで、この記事を進めて行くに際して、やはり、独り暮らしをすること、させることの意味、ということを考えるのであれば、大学進学、ということは、遠方への大学進学であるならば、親元を離れて、独りで、独り暮らしの費用も含めて、費用的なことも計算しながら、生活していく、ということが、如何に意味があるか、という点に思いを馳せずにはいられません。本当に貴重な経験が出来るのは、大学進学ということに、独りでやる、ということが加えられてのこと、であるように、私などは、思うのです。ですので、独り暮らしの費用は、大学進学の費用、ということの中に含めて考えることが出来るのであれば、それは、とても意味のある“費用”であることは間違いありません。大学進学の費用と、独り暮らしの費用、について、考察してみました。
独り暮らしの効用 3
大学進学に掛る費用のうち幾らかでも、アルバイトなどをして自分でねん出する、という形、と申しますか、大学進学に向けての自身の態度、スタンス、ということで考えるなら、自宅通学をしている学生だって、費用を自身でねん出する、ということは出来るわけです。しかし、自宅通学しながらアルバイトするのと、独り暮らしをしながらアルバイトをするのとでは、やはり、いろいろと違うところがあります。独り暮らしをしていたら、ご飯を食べるには、自分でつくるなり、どこかへ食べに行くなり、なんらかの具体的な行動を起こさないと、果たせません。ご飯を食べるための費用を、アルバイトで稼ぐ、となれば、アルバイトをして稼がないと、費用が捻出出来ず、ご飯を食べられないのです。ご飯だけでなく、掃除や洗濯もそうで、アパートを借りるにしても、自分でなにもかも管理しなければ、なにひとつ動かないのです。そういう経験を、20歳前後のときに経ておくことが、とても有意義なのですね。大学進学から、大学を卒業して、故郷へ帰って、再び親元で生活をするようになっても、独り暮らしの4年間に培ったもの、経験は、有形無形の財産となって、その後、いろんな局面で役に立ちます。この、経験を買う、ということが、独り暮らしの費用をねん出して、遠方の大学へ進学する、ということの、とても大きな副産物、ということになるのではないでしょうか? 副産物、と書きましたが、4年間の猶予期間を得る、ということと、独り暮らしを経験する、ということが、大学進学、ということの、主な意味、ということであるのかもしれません。勉強は、大学進学でなくても、他のやり方でやれることもあるでしょう。費用を掛けて大学進学する意味は、必ずしも勉学のみにあらず、という言い方で納めておきましょうかね(笑)。
独り暮らしの効用 2
大学進学時に、自宅通学の出来ない遠方の大学を選んで進学して、そこで、独り暮らしを経験する、ということは、私は、とても意味のあることだと考えています。費用的には・・・学生とはいえ、大人が一人、アパートを借りて生活するわけですが、それ相応の費用が掛ります。アパート、といっても、それこそ、いろいろあるわけですが、アパートを借りる費用も、月に数万円は掛るでしょう。大学が運営するアパートだとかだと、違ってくるのかも知れませんが、通常、民間のアパートを借りる場合には、敷金・礼金を支払う必要があります。敷金は、基本的に帰ってくるお金ですが、数カ月分の家賃に相当する額を、初期費用として計上する必要があるのです。アパートを借りるのなら、最低限の生活必需品が必要になります。ここにどれだけ費用として計上するかは、それぞれですが・・・。次に、毎日の賄いですが・・・学生食堂で三食を食べる、というようなことであっても、やはり、それ相当の費用が掛ります。食事だけでなく、いろんな生活費を含めて、月にどれくらいの費用が掛るものでしょうか? 仮に、月に、家賃も含めて、15万円の生活費が掛るかとしましょう。その費用の全てを、親に負担してもらう、という形の大学進学、というものも、実際にはあるでしょうね。しかし、大抵の大学進学は・・・生活費用のうち幾らかでも、アルバイトなどをして自分でねん出する、という形になるのではないでしょうか?
独り暮らしの効用
大学進学時の費用を抑えるには、自宅から通学できる範囲内にある大学を選んで大学進学する、ということが、最も効果があるでしょう。自宅通学の範囲内にある、国公立大学、ということになれば、一層、費用抑制、という点では効果的です。しかし、物理的に、自宅通学が無理な場合もあるでしょう。志望する大学が、居所から遠く離れている場合だって、あります。地方在住者ですと、そういうことになる確率が高くなりますよね。そこに住んでいる高校生が、大学進学を考える場合、独り暮らしをすることがセットになるような、そんな田舎だって、少なからずあることでしょう。そういう場合に、自宅通学で大学進学する方が費用を抑えられる、ということを考えることが、頭の体操にもなり得ないのではないか、ということです。
また、自宅から通える範囲に大学があるけれど、自身の適性や志向、将来の進路等から考えて、その大学へ進学することは適当ではない、という場合もあるでしょう。どの県にも、その県庁所在地周辺に、国公立大学があるにはありますが、その大学が、全て、総合大学、所謂ユニバーシティではありません。ともかく自分の志望の学部へ、自宅通学で、ということが、必ず叶えられる、という環境ではない、ということです。と、なると、独り暮らしをする、その費用を計上する、その上で、遠方の大学へ進学することを検討していくわけです。相応の費用が掛っても、勉強したくないことを勉強するために、自宅近くの大学を選ぶ、ということをしないことだと、私は考えます。
どれくらいかかるの? 3
大学進学で、どれくらいの費用が掛るものだろうか、というのが、今回のテーマです。大学進学の意味を、それぞれが、よく考えて、その上で、個別の費用について吟味して、トータルの費用が、4年間で幾らか、という点について知って、大学進学についての費用対効果、という点について考えよう、というのが、この稿の目的なのですが・・・。大学進学時の入学金と、年間の授業料を、私立大学進学と、国公立大学進学、というふうに大雑把に分けて、考えてみました。で、私立大学進学時の初年度費用が、大体110万円、国公立大学の初年度費用が、大体80万円、というところを基本に考えていく、というところから始めていきましょう。理系の大学進学ということになると、いろんな費用が別途掛ってくるかと思いますが、まずは、入学金と年間の授業料、というところを基本費用とする、というところです。ここに・・・大学進学といっても、自宅から通学するのであれば、アパートを借りるための費用や、食事に掛る費用、その他、生活を維持していくための費用を別途考える必要はなくなります。実際は、(大学進学の年齢というと、)20歳前後の大人が一人生活していくのですから、自宅から大学へ通おうと、それ相応の生活費用が掛ることは当然なのですが・・・“独り暮らし”のための費用、となれば、これは、別個計上しなくてはならなくなります。大学進学時に、自宅から通えるか、それとも、大学の近くへ引っ越して、独り暮らしをしなくてはいけなくなるか、というところは、大学進学に要する費用、というところで、本当に大きな違いが出て参ります。
どれくらいかかるの? 2
私立大学進学の費用と、国公立大学進学の費用で、入学金に差がない、というのは、意外だ、という方がいらっしゃるのではないでしょうか? 勿論、これは、平均的な例です。もっと高額な入学金を課する私立大学もあるでしょう。それから、年間の授業料ですが、ここに、私立大学進学と、国公立大学進学の費用の差が出て来るわけですね。年間30万円の費用、というのはやはり、安いものではありません。この費用は、少なくとも4年間は継続して掛るわけです。単純に計算して、30万円掛ける4、ということで、120万円の費用の差が、少なくとも出て来るわけですね。私立大学進学と、国公立大学進学の場合では。
費用の差を考えて、私立大学進学を断念して、国公立大学進学へ絞る、というような話は、昔から聞きます。学部や学科によっては、特定の私立大学が、とてもユニークな教育をしている、というような場合、どうしても、特定の私立大学進学を目指したい、というような場合もあるでしょう。そんな場合、この、4年間で、120万円の(追加)費用、というのは、とても大きな意味を持ってくるように思われます。単に、入学試験の点数が覚束ないから、国公立よりも私立大学進学の方が容易だろう、というのは、なんだか、つまらない理由であるような気がします。費用よりも、点数の心配をしないとならない、となると、では、もっと頑張って、受験勉強をすればいい、ということになりますよね。身も蓋もないような言い方になりますが・・・(笑)。
どれくらいかかるの?
さてここからは、大学進学に掛る具体的な費用、というテーマで話を進めて参りましょう。
大学には、公立大学と私立大学があるのですが、私の印象では、公立大学というのは、授業料はとても安くて、私立大学の授業料はとても高い・・・入学金も然りで、私立大学へ進学するには、それ相当の費用負担の覚悟が必要だ、と、なります。ところが、これが、私が考える程の費用の差はありませんでした。あくまでも、“私が考えるほどではなかった”、ということで、私立大学の入学金や授業料といった費用が安い、ということではなくて、国公立大学の入学金や授業料といった費用が、案外に高いんだな、というものでした。費用について、具体的な数字を挙げると、これは、流動的なもので、すぐに古い情報になってしまうのですが、ここでは、この稿を執筆している時点で、ということとして、費用の具体例を挙げていくことに致しましょう。
私立大学進学の費用として、入学金がおよそ30万円、年間の授業料がおよそ80万円、というデータがあります。で、初年度の費用が、これだけで、110万円、ということになります。対して、国公立大学進学の費用として、入学金がおよそ30万円、年間の授業料がおよそ50万円、ということです。国公立大学進学の初年度費用として、およそ80万円・・・。私立大学進学と、国公立大学進学では、初年度費用で、30万円の差が出て来る、ということですね。月当たり、2万5千円の違いとなるわけです。この費用の差を、大きいとみるか、さほどではない、と感じるかは、それぞれであるでしょう。
大学の値打ち 4
“大学進学することにそれほどの値打ちが見いだせないのなら、多額の費用を負担して、大学進学などせずに、専門教育機関などで記述を身につける方に費用を費やす方がいいのでは?” 実は、こういうことは、25年前にも言われたことでした。30年前になるでしょうか。専門学校や、専修学校、各種学校などが沢山開校して、学生を募り出したのは・・・。大学進学と、より専門的な教育と、同じ費用が掛るのなら、どちらがより値打ちがあるだろうか?というようなところですね。
このことは、一律に論じるわけには参りません。費用対効果、ということを考えるには、まず、どういうことをもって、“効果”、とするか、という点を押えておかなければなりません。当事者によって異なる部分ですので、文字通り、個別に考えていく必要のあるところです。大学進学か、専門学校か、という、二者択一で考えることも、乱暴であるように思われます。大学進学もせず、専門学校へもいかない、つまり、進学することについて、費用を掛けない、という選択もあります。高校を卒業して、就職する、という途ですね。費用対効果、ということを考える前に、大学進学や専門学校進学のための費用をねん出する余地が全く無くて、費用について考えること自体ナンセンスだ、という場合もあるでしょう。大学進学について検討する余地があって、その費用について考える、というのは、恵まれた境遇である、ということも言えるかもしれません。“大学全入”と言われて、大学進学を希望すれば、どこかの大学には必ず入れる、とまで言われる、この時代において、です。
大学の値打ち 3
大学進学に掛る費用・・・実際のところ、どれくらいなのでしょうか?
あ、その前に・・・。先ほどまでの記事で、あたかも、現在の大学のレベルが、昔に比べて低い、というような印象を与えかねない記述があった、というご指摘を戴きましたので、補足をしておきたいと思います。大学進学(入学)時の競争が激しければ、それだけ、入学試験に向けての準備をすることを強いられることになります。受験勉強、というのは、創造性を高める、という点では、マイナスになりかねない単純作業ですが、少なくとも、高次の教育を受けるための地ならし、ということの意味はあると思われます。そこを真剣にやらずに大学進学(入学)すれば、入学後に、基礎教育をある程度やらなくてはならなくなり、高次教育に割ける時間がそれだけ少なくなります。私が申し上げているのは、そこのところです。大学側で、それ相当のカリキュラムを用意しても、学生において、それらのカリキュラムを消化しきれない、という問題が生じかねない、いや、あちこちの大学で、既に、そういう問題が生じているのではないか、と、私は考えるのです。であれば、25年前と比較して、大学の教育内容もそれ相当にレベルアップしていても不思議ではないのに、実は、そんなに変わっていない、ということも、納得がいくのです。少子化が招いた、(大学進学時の)競争の緩和が、これらの事態(大学教育の内容がレベルアップしない)を引き起こしているのでは、ということですね。